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札幌高等裁判所 昭和28年(ラ)21号 決定

申立人 明治商事株式会社

相手方 北都ハイヤー株式会社

主文

本件抗告を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨並びに理由及びこれに対する相手方の主張は、別紙記載のとおりである。

裁判所が自動車の仮差押を命じた場合に、債権者の申立により自動車の監守、保存のため必要な処分を命ずることができることは自動車及び建設機械強制執行規則第一六条第二項の規定するところであり、裁判所が監守、保存処分の申請に対して当該自動車に対する債務者の占有を解き、債権者の委任する執行吏にその占有保管を命じた場合においては、執行吏は、同法第七条第三項の準用により債務者の営業上の必要その他相当な理由があるときは、利害関係人の申立により、その属する裁判所の許可を受けて、仮差押にかかる自動車の運行を許すことができるものと解する。

しかして、裁判所の命令する右自動車運行の許可は、監守、保存処分という執行における一方法であつて、民事訴訟法第五四四条にいわゆる執行の方法であると解して妨げない。

本件記録によると、原裁判所は、執行吏からの許可申請によらずに、仮差押債務者からの直接の申請に基き、先になした監守、保存処分の変更として、執行吏は仮差押にかかる自動車につき債務者の申立があるときはその使用を許さなければならない、その場合債務者は善良なる管理者の注意義務をもつて保存行為をしなければならない旨の決定をしたことが認められるのであるが、原裁判所のした右決定は、前記のとおり、執行の方法としての裁判であるから、これに対しては、民事訴訟法第五四四条に基きまず執行裁判所に異議を申し立て、その異議却下の裁判に対して同法第五五八条の規定に従い即時抗告の申立をなすべきであり、直ちに即時抗告を申し立てることはできない。

また、原決定は、執行方法として裁判所が決定をもつてなしうるものであり、民事訴訟法第四一一条にいわゆる決定又は命令をもつて裁判をなすことをえない事項について決定又は命令をしたときに当るものではないから、本件申立を通常の抗告と解することもできない。

しからば、本件抗告は不適法であつて、その欠缺が補正することができないから、民事訴訟法第四一四条、第三八三条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 石谷三郎 渡辺一雄 岡成人)

昭和二八年(ラ)第二一号

申立人 明治商事株式会社

相手方 北都ハイヤー株式会社

一 抗告の趣旨

札幌地方裁判所昭和二八年(モ)第五六一号自動車監守保存処分変更申立事件について、同裁判所が昭和二八年八月一九日した決定を取り消す旨の裁判を求める。

二 抗告人の主張

(一) 抗告人は、昭和二八年八月一四日、札幌地方裁判所に対し、相手方の所有にかかる別紙〈省略〉目録記載、六台の自動車につき仮差押(同庁同年(ヨ)第二〇四号自動車仮差押申請事件。)並びに監守保存の処分(同庁同年(モ)第五五三号自動車監守保存申請事件。)を申請したところ、同裁判所は、昭和二八年八月一四日、仮差押の決定をすると同時に「別紙目録記載の自動車に対する債務者(相手方をいう。)の占有を解き、債権者(抗告人をいう。)の委任する執行吏にその保管を命ずる。執行吏は右占有について適当な公示方法をとること。」との監守保存決定をした(なお、右仮差押事件の本訴は、相手方を被告とする札幌地方裁判所昭和二八年(ワ)年一号貸金代位請求事件である。)。

(二) ところが、相手方は、右監守保存処分決定に不服であるとして、札幌地方裁判所に対し右監守保存処分決定変更を申し立て(同庁昭和二八年(モ)第五六一号事件。)たところ、同裁判所は、相手方の右申立を容れ、昭和二八年八月一九日、「当裁判所が昭和二八年八月一七日決定した監守保存処分の主文に第三項として「執行吏は第一項記載の自動車につき債務者(相手方をいう。)の申立があるときはその使用を許さなければならない。その場合債務者は善良なる管理者の注意義務をもつて保存行為をしなければならない。」との一項を追加する。」旨の決定をした。

(三) しかしながら自動車強制執行規則第一六条第二項は、自動車仮差押執行においても債権者の申立により自動車の監守保存に必要な処分をすることができることを規定し、同条第三項において、同規則第六条第二項から第四項までの規定を準用しているけれども、同規則第七条はこれを準用していないのである、同規則第七条において債務名義を有する競売手続に対しては裁判所は執行吏に対してその運行を債務者に許可し得る旨を規定しているにも拘らず債務名義を有していない仮差押執行についてこれを規定してないのは一見矛盾しているかに見ゆるが、実は自動車の特殊性に基ずく高度の消耗度を細心に考慮して立法されたものである。

即ち営業乗用者の耐用年数は通常四、五年に過ぎずしかも営業乗用車としてはせいぜい三年間より使用出来ない。しかも破損率が極めて高度なため絶えず新車と交替しなければならない状態にあるのである。特に国差自動車にいたつては半年ないし一年よりその寿命がないのである。

従つて本案訴訟は一審のみでも通常数年を要し完結にいたるまでには十数年を要する場合も少くないのである。であるから前記の如く消耗率の甚だしい自動車を本案訴訟に対する執行保全のためこれを仮差押するに当つては債務名義を有する本執行の如く早晩その競売処分をなし得る場合とは異るが故に、申立人は高率の保証金を供託させられても、その運行を止めおかなければその自動車は全く消耗し尽され到底その執行保全の目的を達することはできないわけである。

(四) 尚、説をなすものは、同規則第十六条第三項において、同規則第七条第三項を準用しなかつたのは立法の不備であると主張することが考えられる。

しかしながら同規則は第二条においてその強制執行において民事訴訟法中不動産の強制競売に関する規定を準用し、同規則第十六条仮差押の執行には民事訴訟法中不動産に対する仮差押執行に関する規定を準用している。しかして自動車強制執行規則と最も近似しているのは民事訴訟法船舶に対する強制執行に関する規定である。同法第六百四十四条第二項には「差押ハ債務者ガ不動産ノ利用及ヒ管理ヲ為スコトヲ妨ケス」第七百十九条には「船舶ハ執行手続中差押ノ港ニ之ヲ碇泊セシム可シ然レドモ商業上利益ノ為メ適当トスル場合ニ於テハ裁判所ハ総テノ利害関係人ノ申立ニ因リ航行ヲ許スコトヲ得」と規定し外に同法第七百二十一条において監守保存処分に関する規定が存し、船舶強制競売においては裁判所は船舶の航行を許し得る場合を規定している。

これに反して同法第七百五十三条は「船舶ニ対スル仮差押ノ執行ハ仮差押ノ当時碇泊スル港ニ碇泊セシムルコトニ因リテ之ヲ為ス裁判所ハ債権者ノ申立ニ因リ船舶ノ監守及ビ保存ノ為メ必要ナル処分ヲ為ス」と規定し、仮差押の場合においては裁判所が仮差押船舶の航行を許可し得る規定は全く存しないのである。

これ即ち、仮差押は強制執行を保全するためになされ、同法第七百五十四条に規定するが如く、仮差押をうけたる債務者は仮差押命令に於て定めたる金額を供託してその仮差押を取消さるべきであり斯くしてこそ、通常多額の保証金を供託して仮差押をした債権者の衡平が保たれるのである。裁判所は憲法第七十六条により、憲法並びに法律に従つてのみ裁判し得るものである以上前記の如く法令に規定されないことを裁判することは違法である。

(五) 更に前記自動車強制執行規則第七条には裁判所は執行吏の申立によつてその運行許可をなし得るに過ぎないにも拘らず、右追加決定においては執行吏に事前の許可権限を与えたものであつて正に法を無視したものと言うべきである。

(六) 自動車強制執行規則の立法理由は自動車の高価性は不動産にも匹敵するから、一般動差のように、占有をもつて取引関係を律することは財産権の安全を害するが故に、車台番号及び原動機番号の打刻の制度(車両法第二九条-第三二条)により自動車の同一性が確保され、公簿上の表示が可能となつたので行政登録に民事登録の機能を兼ねしめて権利の公示方法となし、取引の安全を図らんがためである。

(七) しかしながら機動性、損耗性を有する自動車はその換価を前提とする競売手続開始決定においては、不動産はその性質上容易に捕促でき、また損耗の危険性も少いので差押によつて単に債務者の処分権を徴収すれば足り競落があるまでその占有を奪うことなく目的物の利用管理を継続させても債権の満足を阻害する虞はないが、自動車については、その形質上一般動産と同様に目的物自体の事実上の支配が確保されるのでなければ、換価による終局的満足を十分に期し難い。この点の配慮は形式上の動産である船舶について既になされているが(民訴第七一九条七二一条)容積、損耗性、移動性等において一層動産的といえる自動車においては、さらにその必要性が大きいのである。

よつてこの点を配慮して立法されたのが同規則第五条乃至第七条等の規定である。

(八) 従つて執行保全を目的とする自動車の仮差押においては、自動車の動産的形質上、仮差押の実効を確保するためには単に債務者の処分権を徴収するのみでは不十分であり、あわせて目的物自体の現状を確保して価値の保存を図るのが相当であるので同規則第十六条第二項において「裁判所は債権者の申立により、自動車の監守及び保存のため必要な処分をすることができる。」旨を規定した。そこで同項の「必要な処分」とは監守人を選任し、自動車の運行禁止を命ずる等のほか債権者の委任する執行吏に自動車の占有保有保管を命ずることであると解せられている(法曹時報第四巻第四号二十頁以下橘喬氏、自動車強制執行規則及び自動車競売規則について)

従つて原審裁判所がなした追加決定のように執行吏に許可権限を移譲して債務者に自動車の使用を許すが如き処分は右の「必要な処分」に包含されていないことは同条並びに同規則の立法理由から明々白々といわなければならない。

原審裁判所は金銭債権の執行保全のためにされた仮差押命令に基く監守保存処分を仮処分命令と誤解してなしたものと思われる。

(九) 本件一部変更決定は違法である。

前述の如く本件一部変更決定前文には「債務者の監守保存処分変更の申立により」本件一部変更決定をなしたとあるが、自動車監守保存処分決定を受けた相手方には民事訴訟法、自動車強制執行規則を通じてかかる変更申立権はないのである。

故に相手方が原審裁判所に対してなした「監守保存変更の申立」は裁判所の職権発動を促す単なる上申に過ぎないものであるから、かかる違法なる申立に基く本件一部変更決定は違法である。

しからば原審裁判所は職権によつて一度決定した監守保存処分を一部変更して、相手方にその運行許可を与える権限ありやという本件の如き変更は、民事訴訟法第百九十三条の二乃至第百九十五条何れの場合にも該当しないから本件の如き一部変更決定をなす権限はないのである。従つてこの点よりしても本件一部変更決定は違法であるから、取消さるべきである。

(十) 自動車仮差押命令に基き監守保存処分をなされた自動車の運行許可は出来ない。

その運行を許すならば規則を以つて法律を改廃する結果となる。

何故ならば、自動車は動産であるから元来通常の動産仮差押手続に従い、民事訴訟法第七百五十条、第五百六十六条によつて執行吏がこれを保管してなすを原則とし只債権者の承諾あるとき、又は運搬をなすにつき重大な困難あるときには、債務者にその保管を委ねるが、その場合にも封印その他の方法によつて債務者の使用収益を禁止するのである(勿論債権者の承諾により動産仮差押の場合においても債務者に使用を許す場合はある)。

しかるに最高裁判所の規則であるところの自動車強制執行規則は突如として、自動車に対する強制執行及び仮差押執行については、民事訴訟法中不動産の強制競売、仮差押の執行に関する規定を準用すると規定した。

よつて右規則自体の適法性の有無の問題はこれを暫く措くが、少くとも右規則の規定によつて当事者の権利は法律において保護せられていたよりも不利益に変更することは許されないことは贅言を俟たないところである。

即ち動産に対する仮差押執行に対しては前記の如く、債務者の使用収益を禁止するのであるが、同規則第十六条第一項によれば「この場合において同法中「登記簿」とあるのは「自動車登録簿」と読み替えるものとすとあつて単にその仮差押命令があつた旨を登録されるに過ぎない。従つて自動車の仮差押については、監守保存処分によつてその使用を禁止しなければ右動産執行とその権衡を失するに至るのである。

従つてその監守保存処分決定において、その運行を許可するならば民事訴訟法によつて保護されていた債権者の権利は自動車強制執行規則が規定されたことによつて重大な不利益を蒙ることになるわけである。

さればこそ同規則は賢明にも右の点に細心の注意を払い同規則第十六条において同規則第七条第三項の規定を準用しなかつた理由が釈然と首肯されるのであつて、船舶仮差押同監守保存処分とその軌を一にしているわけである。

その運行を許すならば自動車仮差押の目的である執行保全の異議は全く失われる。

相手方が自認する如く自動車の耐用年数は二、三年に過ぎず、その後は屑鉄の値段で売却し去られるのであるから、自動車の監守保存処分決定においてその運行を許可することは出来ないのである。

三 相手方の主張

(一) 仮差押申請が裁判所によつて棄却されたときは、仮差押申請人において抗告を為すことができる。しかし、強制執行ではないから民事訴訟法第五五八条による即時抗告は許されない。本件は仮差押決定並びにその一態容としての監守保存処分決定について為された即時抗告であるから同条に該当しないこと明白である。従つて即時抗告は許されない。

(二) 仮りに一歩譲つて、通常の抗告とみなされるか否かを考えるに、申立人は原審において仮差押並びに監守保存処分の申請をしてこれを認容されたのであつて、申立を却下されたのではないから、民事訴訟法第四一〇条による通常抗告を為す権もない。

(三) 自動車の運行停止は仮差押の本質上許されない。

仮差押は金銭債権又はこれに換え得べき債権の保全手段であるからその方法は将来の強制執行が可能となるまで債務者の財産を現状のまま維持すれば足りる。

而して若し現状維持だけでは不十分である場合、即ち判決までの猶予によつて起る著しい損害又は現在の急迫なる強暴を防ぐ必要がある場合には、こうした危険を除去防止するために本案判決確定前に予め仮定的に現状を変更してその権利又は法律関係の内容に副う仮の状態を新たに作出する必要がある。これが仮の地位を定める仮処分である(民事訴訟法第七六〇条)。例えば清算人、取締役の選任決議が有効に存在する場合に、その現状を変更して、その決議の効力を停止したり又は有効に選任された清算人、取締役が職務を執行している現状を変更して、その職務執行を停止したりなどを命ずる仮処分がこれである。即ち現状を変更するのはすべて仮の地位を定める仮処分である。

しかるに申立人は本件自動車が相手方において営業のため運行している現状に変更を加えて、これが運行を停止してしまつた。これはまさに仮の地位を定める仮処分そのものである。

自動車に対する監守保存処分といえども結局は仮差押の執行における一態容であるから、前述の仮差押の本質を破ることは許されない。要するに自動車の運行停止は仮差押としては許されないから、この範囲において本件仮差押は取消又は変更さるべきである。

(四) 類推解釈は憲法違反に非ず。

自動車強制執行規則第十六条には自動車に対する仮差押について同規則第七条第三項「運行許可」の条項を準用してはいない。しかし以下に述べる理由に基き、当然「運行許可」の条項が類推されるべきであり、しかし類推解釈の方法は法学上認められたものであつて憲法第七十六条第三項に違反しない。

(五) 船舶仮差押の規定は自動車には準用されない。

申立人は自動車強制執行規則(以下単に規則という)第十六条第一項は「自動車に対する仮差押の執行については、民事訴訟法中不動産に対する仮差押の執行に関する規定(但し第七百五十二条を除く)を準用するとあるから、当然船舶仮差押に関する民事訴訟法第七百五十三条の規定(航行許可を明規しない条文)も自動車の仮差押の場合に準用されると解釈しているもののようである。

しかし規則第十六条第一項には自動車の仮差押の執行については自動車登録簿にその旨の記入させる趣旨で、不動産仮差押の登記簿記入の規定を準用したものである。最高裁判所事務総局民事局発行民事裁判資料第二十六号「自動車強制執行規則等の解説」三〇頁には

単に債務者から目的物の処分権を徴収するという関係においては、不動産に対する仮差押の執行と同様の手続によらしめてなんら差支えないものと思われる。(中略)したがつて自動車に対する仮差押の執行は民事訴訟法第七百五十一条、第七百四十九条第二項第三項等の規定によるほか、不動産に対する強制執行の手続に準じて行われる(民訴第七四八条)。なお、その管轄裁判所は仮差押命令を発した裁判所である(民訴第七五一条第二項、第七三九条)。

と述べてあつて民事訴訟法第七百五十三条を準用してはいない。仮りに同条が準用されるとすれば「自動車に対する仮差押の執行は仮差押の当時駐車する車庫に駐車せしむることにより之をなす」という結果になり自動車登録簿記入という前記方法と矛盾するわけである。駐車と登記簿記入との二つの方法を規定したものとは到底考えられないからである。又民事訴訟法第七百五十三条を自動車に準用するのであらば、同条後段の監守保存処分も当然準用されるから改めて規則第十六条第二項において、自動車の監守保存処分を明規する必要はないわけである。

以上述べたように船舶仮差押の規定は自動車仮差押に準用されないことは文理上極めて明々白々である。

(六) 長期に及ぶ執行手続には運行を許す。

自動車強制執行規則第六条第一項には「競売手続開始決定前、債権者の申立により自動車の監守及び保存のため必要な処分をすることができる」と規定しあり、前掲「自動車強制執行規則等の解説」一九頁には

第一項の「競売手続開始決定前」とは競売申立のときから競売手続開始決定がなされるまでという意味であり競売開始決定後は、船舶の場合と異り当然執行吏による占有が可能となるから、これを許さない趣旨である。

と書かれてある。その立法理由を推考するに、競売手続申立から競売手続開始決定までの間は極めて短期間であるから一応監守保存処分をしておけば足り敢えて運行許可の処置を採るほどの必要はない。極めて短期間であるから運行不能に基く債務者の損害は微々たるもので、これを顧慮する必要はないとされたものであろう。これに反して競売手続開始決定後の手続は、

自動車の占有取得(規則第七条第一項)

その届出(規則第十条)

競売期日の指定、公告(規則第十二条第十三条)

競売期日(民訴第六五九条)

調書及び金銭等の引渡(民訴六六八条)

競落期日(民訴第六六〇条第六七一条)

新競売(民訴第六七七条)

競落許可決定(民訴六七七条第六七九条)

再競売(民訴第六八八条)

代金支払期日(民訴第六九三条)

配当手続(民訴第六九一条)

競落人の所有権登録(民訴第七〇〇条)

自動車の競落人に対する引渡(規則第十四条)

等複雑多岐であつて不動産競売手続の場合と同様に相当長期間に亘るものである。しかしてこのような長期間に亘り債務者から自動車の運行を奪うことは、債務者に著大な損害を与えるものであるから規則第七条第三項において営業上の必要その他相当な事由があるときは自動車の運行を許可したのである。

右の法理を進めるならば仮差押の場合には本案訴訟の解決まで数年もかゝるのであるから(競売手続は一、二年であろうけれども)なお更債務者の損害を免かれさせる措置が必要とされる。したがつて自動車仮差押の場合の監守保存処分は当然規則第七条第三項の精神を推及して運行を許可すべきものである。

(七) 自動車の価値保存は不可能(流行命数)。

申立人は仮差押をした自動車を相手方の使用に委せておけば数年を経ずして損耗してしまうからその使用を奪つて価値の保存を計るのだと主張する。はたして自動車の価値保存ということが可能であろうか。自動車を数年間使用せずに保存するときは化学変化により錆を生じ、もはや従前の価値を維持できなくなる。又自動車の売買値段は年式が決定的な要素となるもので使用損耗度はあまり影響されない。

もつとも低品位の素材によりつくられた国産車は使用による損耗度は著るしいけれども本件のような素材の優秀な外国車においては使用損耗度は殆んど顧慮せられぬものである。さらに本件の各自動車については損耗保険に付けてあるから運行中の事故については保険金の給付が受けられる。現在において本件自動車の使用を禁止して、数年後本案訴訟終結してから自動車のほこりを払つたときは、現在と同様の状態が保持されてあり寸毫の破損消耗はないかもしれない。しかしこの無疵の自動車が果して現在と同一の価格で買手を見付けることができるであろうか。

自動車は流行を追つて年々歳々型を改良されてゆくものである。今年の流行花形車も二、三年後には流行遅れの故をもつて世人から見捨てられてゆく。

要するに申立人の主張を例えて言えば、金百円を投じて買求めた新刊雑誌を頁をひらくことなしにそのまま文庫に蔵いこみ、数年後に至りこれを取出して月おくれ雑誌又は古雑誌として一貫目金十円の割合で古物商に払下げるがごとき方法である。

即ち自動車の価値保全は不可能である。

(八) 営業車は新陳代謝する。

自動車業者は毎年流行の新車を購入しなければ顧客を維持することはできない。だから今年の流行新車が二、三年後にクズ鉄の値段で売払われても、そのかわりに必ず新車を揃えておく。これが斯界の実相である。したがつて自動車業者の店頭には常に固定した価値が温存されている。新陳代謝はするが、常に一定の価値が存する。よろしく申立人はこの安定した価値を捕捉して自己の未確定債権を保全するのが賢明であろう。

事こゝに出でずしてがむしやらに運行禁止の監守保存処分を繰返えすのは単に相手方の営業妨害のみを目的とする権利の濫用としか思われない。信義誠実に反することは言をまたない。

(九) 営業自動車の使用禁止は強行法規違反。

自動車運送事業者は事業計画を変更しようとするときは、運輸大臣の認可を受けなければならない(道路運送法第十八条第一項罰条第百三十条)。事業計画には自動車の台数が含まれている(同法施行規則第六条)。事業計画の変更認可にあたつては運輸大臣は公衆の利便及び需要供給の均衡を考慮しなければならない。(道路運送法第十八条第二項)。事業者は認可を得ないで勝手に使用台数を変更することは許されず、事業計画に従つて業務を遂行する義務がある(同法第十九条)。事業者が事業の一部を休止又は廃止しようとするときは運輸大臣の許可を必要とし、公衆の利便が著しく阻害されるおそれがある場合には許可されないし、又休止の許可は一年以内に限定されている(同法第四十一条)。之を要するに本件仮差押により本件自動車の使用を将来本案訴訟が確定するまでの不確定の期間禁止することは公衆の利便を最優位として立法された道路運送法(強行法規)の諸規定に違反する。従つて営業自動車の使用を不可能にするがごとき形態に於てなされた本件仮差押並びに監守保存処分は違法であるから当然取消を免れない。

(十) 営業妨害

本件の外国新車一台を営業に使用できないことにより相手方は自動車そのものの交換価値の低下により損害を蒙るのみならず、将来得べかりし利益の損失は巨額に達する。

要するに申立人の本件仮差押は相手方に対する営業妨害以外の何物でもない。

(十一) 自動車に対する本執行の場合ですら営業上の必要その他相当な事由があるときは利害関係人の申立により運行を許可するのであるから(自動車強制執行規則第七条第三項)、単なる保全の目的に過ぎない仮差押の場合には当然運行が許可されるべきものである。

(十二) 仮りに明文を欠くの故を以て前記準用論が認められないとしても、本執行たる競売の場合には「執行吏は(中略)自動車の引渡を受けたときは引続きこれを占有しなければならない。」と明定(同規則第七条第一項)してあるのに反し仮差押に基く監守保存処分の場合は「自動車の監守及び保存のために必要な処分をすることができる」とのみ規定して処分の内容を明示していないから(同規則第十六条第二項)、とくに占有の引渡を要件としているとは解釈できない。

従つて監守保存の目的を達しうる限りは自動車を債務者の占有に委しておいても毫も差支えない。原審裁判所は債務者の使用を許可するにあたり「債務者は善良なる注意義務を以て保存行為をしなければならない」と命じてあるから監守保存処分としては十分その目的を達しているものである。

(十三) 裁判所は監守保存のための必要な処分を自由に裁量しうるものである。一旦執行吏の占有に移した自動車を更に債務者に使用させたとしても、それが監守保存の範囲内であるならば何等差支えないし基本となる仮差押決定を変更したわけでもない。

要するに監守保存処分は執行の方法に過ぎないから仮差押決定そのものには影響を及ぼさない。

よつて申立人の即時抗告は理由がない。

四 相手方の主張に対する抗告人の反駁

(一) 自動車監守保存処分は、自動車仮差押命令の執行処分であることは、自動車強制執行規則第十六条の規定により明らかである。

一方民事訴訟法第七百五十四条第四項は「仮差押ヲ取消ス決定ニ対シテハ即時抗告ヲ為スコトヲ得」と規定しておる。右規定には「仮差押ヲ取消ス」と規定しあるも、同条第一乃至第三項が仮差押命令の執行の取消に関する事項を規定しており、第四項がこれ等の規定の後に規定されてあることからしても、同条第四項は仮差押命令の執行取消について規定しているものであることは疑ない(柳川直佐夫著保全訴訟第二六八頁)。

しかして本件の自動車監守保存処分原決定はその自動車の「占有並びに保管」を執行吏に命じておつたのに対し、その一部変更決定において、右自動車の運行を債務者に許し、且その保存、保管を債務者に返還せしめたものであるから、実質上仮差押命令の執行一部取消に外ならないのである。

故に右仮差押執行一部取消決定に対する不服申立は前記民事訴訟法第七百五十四条第四項により即時抗告を申立て得るものである。

(二) 仮りに右主張が容れられないとしても民事訴訟法第七百四十八条は仮差押の執行につき、同法第五百五十八条の規定を準用しており、同法第五百五十八条は「執行手続ニ於テ口頭弁論ヲ経スシテ為スコトヲ得ル裁判ニ対シテハ即時抗告ヲ為スコトヲ得」と規定しておる。

しかして本件自動車監守保存処分決定の一部変更決定は、その決定前文に明記する如く原審裁判所が後記するように法律上の根拠がないにも拘らず「債務者の監守保存処分変更の申立により」口頭弁論を経ずしてなした執行手続上の裁判であるから、前記民事訴訟法第七百五十四条第四項の規定が適用されないとすれば同法第七百四十八条、第五百五十八条の規定により即時抗告をなし得るものである。尤も同法五百五十八条は同法に規定する口頭弁論を経ずしてなし得る適法な執行手続上の裁判を予定したものであるが、本件一部変更決定の如くに民事訴訟法並びに自動車強制執行規則に則らずして、しかも何等の口頭弁論を経ずしてなされた執行手続上の違法な裁判に対し、その不服申立方法として単なる抗告より出来ず、しかも執行停止の効力を付せられないとするならば著しく不公平なる裁判といわなければならない。

故に同法五百四十三条第三項には「執行裁判所ノ裁判ハ口頭弁論ヲ経ズシテ之ヲ為スコトヲ得」るのであるから右五百五十八条は「強制執行ノ手続ニ於テ口頭弁論ヲ経スシテ」為した裁判に対しては総べて即時抗告をなし得るものと解釈するのが妥当である。

(三) 仮りに百歩譲つて前記主張が全部容れられず即時抗告は提起出来ないとしても、本件自動車監守保存処分決定の一部変更決定は前記の如く法律に基かずして実質上抗告人の申立を一部却下した不法な決定であるから本件即時抗告は少くとも民事訴訟法第四百十一条に基く通常抗告としての効力を有するものである。

(四) 自動車の運行停止は仮差押の本質上許されないとの主張について。

相手方は自動車の運行を停止する監守保存処分は仮の地位を定める仮処分であると批難するが民事訴訟法第七百六十条は所有権関係その他一つの状態の暫定的規正の為の手段を承認するものであつて、本案訴訟において所有権に基く返還請求訴訟等を進行せしめる場合に、目的物件を債権者に於て現在使用収益しなかつたならば著るしい損害を生ずる場合等に於て認められるものである。

従つて抗告人が本件自動車の所有権を主張し、その返還請求の本訴を提起し、その仮処分として、本件自動車につき、その所有者としての仮の地位を定め、その使用収益を申立人に許すような場合には、仮の地位を定める仮処分として承認されるのであつて、本件の如く仮差押物件を単に抗告人の手許に於て、その価格保全のため使用を禁止するのみで、抗告人に使用収益を許可していないのであるから、これを目して仮の地位を定める仮処分であるとの主張は全く理由がない。

(五) 営業自動車の使用禁止は強行法規違反であるとの主張について。

道路運送車輛に関する所有権の公証、安全性の確保、設備その他に関する取締法律である道路運送車輛法第九十七条によれば、登録自動車に対する強制執行については地方裁判所が執行裁判所としてこれを管轄する(一項)前項の強制執行に関し必要な事項は、最高裁判所が定める(二項)、と定められ登録された自動車の強制執行一切については最高裁判所に必要事項を定めることを委任し、この委任に基いて自動車強制執行規則が定められたのであり、同規則に基いて本件の仮差押並びに監守保存処分が実行され、使用禁止が行われたのであるから、帰するところ強制法規に基く措置であり何等違法となるものではない。

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